子供の頃昆虫採集に夢中になった一時期があった。
家の庭先のアゲハチョウや塩辛トンボ、斜め向かいの江川さんという農家の畑に出没したヤンマ(主に銀ヤンマ)金蓮寺というお寺や近所のお宮さん(神社)の高木でけたたましく鳴き声をあげていたクマゼミ、いずれも昆虫小僧のえじきとなった。
それでも飽きたらず、夏休みになると吉野に住んでいた従姉夫婦の家に居候させてもらい、夜が明けきらぬうちに近くの森深く潜入し、前夜仕掛けておいたクヌギ、コナラの蜂蜜に群がるカブトムシやクワガタを捕まえてはひとり悦にいっていた。
そんな昆虫小僧にも決してとらえられないおっさんがいた。鬼ヤンマである。普通のヤンマに較べると大型なのだが、飛ぶ速さが驚異的ゆえ、なかなかアミに入らないのである。
このおっさんとは飽くなき死闘を繰り広げたが、ようとして捕まえることは出来なかった。
しかし、その死闘にとうとう決着のつく日がやって来た。
鬼ヤンマは肉食である。ふだんは飛びながら空中の小さな虫を捕る。だから滅多とは庭先にとどまったりはしないのであるが、ある日どういう風の吹き回しか、江川さんの畑のヒマワリにとまり、うまそうに七色テントウ虫をムシャムシャ食べていた。
小僧はこれ幸いとばかり捕獲アミを勝手口から持ち出し、この千載一遇のチャンスを伺った。
相手もさるもので、さすがに食べる姿も威風堂々として、いやらしいまでの威圧感がある。
なにしろこのおっさんには苦労のし通しだったから、一発で決めないと、今度いつこんなチャンスが巡って来るか分からない。
息を止め、無言の対決が何分続いたであろう、おっさんはようやく食べ終わり、身づくろいし飛び立つ体制に入った。
その瞬間おっさんの視界に何やら蒼いものがよぎったに違いない。
小僧の緑色の捕獲アミは確実に鬼ヤンマをとらえていた。
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