2001-03-23 Friday
紋別のカラス
 
 北海道の紋別はご承知の如く道東・オホーツク海に面した人口三万強の小さな町です。ゆえあって年に3〜4回紋別に行き、そこで7〜10日滞在していた時期がありました。ふだん寝泊まりするトタン屋根の家は敷地一万五千坪の大自然の懐に抱かれ、花畑、果物畑、野菜畑がありました。
 
 ある夏、いつもの年よりカラスが多かった。ここにたむろしているカラス、ロクなやつはいない。敷地内にお祀りしているお稲荷さんのお供え物の鶏肉を掠め取ったり、同じく敷地内の山桜の実、つまりサクランボですな、これが熟した頃を見計らって人間様の上前をはねよる。いつぞやはマサカリにボコボコ穴を空けまくったことがありました。
 
 マサカリというのは斧のことではありません。マサカリを振りおろして割らなければ割れないほど固いカボチャのこと。このマサカリを地元の人がボランティアで手塩にかけて育ててくれました。その味ときたら、どんなにうまい栗よりほくほくで、甘さは格別、カボチャの中のカボチャ、絶品。毎年九月半ばに収穫され、長持ちするように何日か戸外で乾燥させる。
それをカラスが狙ったのです。あの固いのを穴だらけにするのであります、げに恐ろしやカラスのくちばし。
 
 翌日、こっちがキレていたのをあざ笑うが如く、勘三郎が一羽地上すれすれのところを、カアカア鳴きながらヘロヘロヘロと飛び回った。もう頭にきて、傍らの石を数個つかみ続けざまにカラス目がけて投げつけた。当たればよいものを、もうちょっとのところで命中しなかった……。
 
 北海道の夏・七月末の朝は早い。午前三時を過ぎると夜は白み、四時前ともなれば強い朝日が差してくる。
前夜遅くまでレンガ積みをしていたので、いつになく熟睡していた。そこへ突然ガタガタガタとすさまじい音がした。何事!と飛び起きて音のする天井を見上げた。ガタ、ガタ、ガタ!とトタンを打つ音はさらに激しさを増した、
 
 なんと、屋根の上でカラスが十二、三羽トタンを叩いておりました。
 
2001-03-22 Thursday
最後の晩餐ー2
 
 やはり子供の頃の話。
捕まえたかったのは昆虫だけではなく、何度仕掛けを作っても捕まえることの出来なかった雀も捕まえてみたかった。
 
 割り箸をつっかい棒にしてザルを支え、ザルの下には米粒をばらまいて、ひたすら庭で雀の来るのを待つのであるが、こっちが見張りをしているのを察知してか、雀はなかなか来ない。いったん諦めて家に戻ったその10分か15分の間にやって来て、米粒はもぬけの空、割り箸をうまいことよけよるんですな、相手の方が一枚上。
何遍やっても同じ、いっこうに罠にはまる気配はない。雨の日以外は毎日米粒を持ち出しては失敗の連続。ある日おじいちゃんに注意された。
 
「わしらは米麦半々のご飯をたべてるというに、雀に純米食べさせるとは何事か!」
それで、あと一回だけお願いしますとおじいちゃんに泣きついて、実は三回分の米を失敬して事に備えた。
 
 最後の米が尽きようとしたある日の夕方、ランドセルを背負ったまま庭に行った。
放課後妙に胸騒ぎがして、もしやと思ったのである。
ザルは倒れていた。小学生の呼吸は乱れ、心臓は早鐘を打っていた。
地面に腹這いになって、雀が逃げないようにしてほんの少しだけザルを持ち上げた。
いた、確かに雀は中にいた。ところが、中の様子が変だった。雀はこんなに見られているのにピクリともしないのだ。
不吉な予感がしてザルを取っ払ったが、やはり動かない。雀の脇腹にうっすら血がにじんでいた。カラスにでもやられたのだろうか。
それからが大騒ぎ。赤チン、ヨーチン、オキシフル、メンソレータムに黄色い血止めの粉、薬箱に入っているありとあらゆる薬を塗った。たかが雀されど雀なのである。
 ばらまいた米粒の三分の一ほどがなくなっていた。雀は罠を承知で飛び込んできたのである。身体に重傷を負って、最後の生き残りを賭けて米粒を食べたのだ。
そうすることで起死回生を図ろうとしたに違いない。
 
 雀は小学生の必死の介抱の甲斐もなく絶命した。
2001-03-21 Wednesday
最後の晩餐ー1
 
 子供の頃昆虫採集に夢中になった一時期があった。
家の庭先のアゲハチョウや塩辛トンボ、斜め向かいの江川さんという農家の畑に出没したヤンマ(主に銀ヤンマ)金蓮寺というお寺や近所のお宮さん(神社)の高木でけたたましく鳴き声をあげていたクマゼミ、いずれも昆虫小僧のえじきとなった。
それでも飽きたらず、夏休みになると吉野に住んでいた従姉夫婦の家に居候させてもらい、夜が明けきらぬうちに近くの森深く潜入し、前夜仕掛けておいたクヌギ、コナラの蜂蜜に群がるカブトムシやクワガタを捕まえてはひとり悦にいっていた。
 
 そんな昆虫小僧にも決してとらえられないおっさんがいた。鬼ヤンマである。普通のヤンマに較べると大型なのだが、飛ぶ速さが驚異的ゆえ、なかなかアミに入らないのである。
 このおっさんとは飽くなき死闘を繰り広げたが、ようとして捕まえることは出来なかった。
 
 しかし、その死闘にとうとう決着のつく日がやって来た。
鬼ヤンマは肉食である。ふだんは飛びながら空中の小さな虫を捕る。だから滅多とは庭先にとどまったりはしないのであるが、ある日どういう風の吹き回しか、江川さんの畑のヒマワリにとまり、うまそうに七色テントウ虫をムシャムシャ食べていた。
小僧はこれ幸いとばかり捕獲アミを勝手口から持ち出し、この千載一遇のチャンスを伺った。
相手もさるもので、さすがに食べる姿も威風堂々として、いやらしいまでの威圧感がある。
 
 なにしろこのおっさんには苦労のし通しだったから、一発で決めないと、今度いつこんなチャンスが巡って来るか分からない。
息を止め、無言の対決が何分続いたであろう、おっさんはようやく食べ終わり、身づくろいし飛び立つ体制に入った。
その瞬間おっさんの視界に何やら蒼いものがよぎったに違いない。
小僧の緑色の捕獲アミは確実に鬼ヤンマをとらえていた。

PAST INDEX NEXT