世界一美しい川はと聞かれたら、私は迷わずドルドーニュ川とこたえると思う。ミディ・ピレネーの宝石といっても誉めすぎではない。
私は海より川のほうが好きである。海に自分をなぞらえることはないが、川は自分の過ぎ来し方や行く末を想えるからであり、川面や川音を眺め、聴いていると飽きることがないからである。
時の推移とともに川の表情が刻々と変化する。朝見ると稟(りん)としていても、夕方見るとなまめかしい。昼間は借りてきた猫のようにおとなしく、風に身を任せ、さやさやと流れる。だが、嵐の夜は人が変わったかのごとく悶え、熱い息を吐くのである。
ドルドーニュは美しい。その佇まいはただ美しいだけではない、ある時は毅然とし、またある時は気品に満ち、そしてここぞという時はドキッとするほど妖艶な姿を見せるのだ。
ロカマドゥールからサルラに向かって車を走らせると(D703)、ドルドーニュが忽然と姿を現す。D703沿いに身を寄せるように流れている箇所がえんえんと続き、こころいくまでドルドーニュの姿態をみることができるが、彼女が私を飽きさせない理由は単に視覚的なものだけではない。水音の響きがほかのどの川とも違うのである。
音に色気があるとでも言おうか、川のうねる音が官能的で、しかも凛々しい。
川の流れる音が規則的なものと考えたら大きな間違いである。
ドルドーニュは次の流れの音の予測がつかない。水音が急に静かになったかと思うと、それまでの音とは全く違う音に変化している。これは地元の人にも予測がつかないそうで、季節によっても天候によっても音が変化するという。水の妖精たちが気まぐれに乱舞しているのであろうか、そんなところもドルドーニュの魅力なのだ。
その美しくも蠱惑的な川はペリゴール地方の珠玉・サルラやペリグー、ベルジュラックと切っても切り離せず、そしてそこはフランス有数のフォワグラとトリュフの産地なのである。
あらためて言うまでもなくそれらは世界三大珍味のうちのふたつである。私は三大珍味などと大袈裟なと思う。おおかた他の珍味を知らないわが同胞が命名したのではないかといぶかっているのだが、一応そういうこと(つまり世界三大珍味)にしておこう。
フォワグラとトリュフは日本でも、パリやニューヨークのレストランでも高価である。ウニやアワビ、フカヒレにも相場があるらしいが、なに、浜値ならみな安いものである。
私はかねがねこの浜値ならぬ土地値でフォワグラ、トリュフを食したいものだと考えていた。そしてそのチャンスが99年10月に巡ってきたのである。
ペリゴールを含むミディ・ピレネーを旅して、行く先々で私はフォワグラとトリュフを食べまくった。ただしミシュランの星付きレストランは高くてまずいので、グルマン・マーク付きのレストランで。
コルド、ロカマドゥール、カルカソンヌ、サルラなど。中でもサルラとコルドのレストランで食べた皿は味といい値段といい忘れがたい。トリュフは勿論、白トリュフも黒トリュフもいただいた。黒トリュフのほうが白より高級とされ、値段も白に較べて高価であるが、そんなことはどっちでもよろしい。要は好みに合えばよいのです。
黒トリュフの田舎風スープというのをご存知でしょうか。野菜のごった煮にに黒トリュフがふんだんに入っているスープ。スープというよりトリュフの石狩鍋。
これはサルラのレストランで食したが、お一人様のお値段は1300円ほど。味はまあまあ、私はオーソドックスに肉料理の付け合わせにトリュフが添えられているほうを好む。いくら高級か知らぬが、あんな身だくさんの黒トリュフはパスします。
白トリュフは丸のまま食べました。幾らしたかは申しません、サルラをはじめとするペリゴール地方に大挙して日本人観光客が押し寄せたら困るので。彼らはものの相場をつり上げるから。
フォワグラは上記の町や村のどこで食べても安かったし、味も格別よかった。
特に味付けのよかったのはコルドの某ホテルのレストラン。ここのフォワグラの照り焼きは絶品。ソイソースで味付けしていましてね、焼き具合も最高。香ばしく、表面はパリッとしていて、中はトロンとしていました。焼き肉のレバーとえらい違いでありましたね、当たり前ですが。舌がとろけるかと思いました。
フォワグラのテリーヌとパテは塩加減による。すなわち料理人の舌の鋭敏さで味に差がでる。実はこの塩加減が一番難しい、なぜなら食べる人の状況により塩分の要求度も異なる場合があるから。
概してミシュランの二つ星、三つ星レストランの料理は、ものにもよるが塩辛い。
天皇・皇后両陛下が食された同じトゥールーズの「グランド・オペラ」で、同じ調理人(ホテルのマダムに確認したら、両陛下の横に彼女や調理人の写った写真を自慢気に見せてくれた)の作った料理を数種類食べてみたが、まあ、塩辛かった。
このレストランは王侯貴族だけではなく、地元のエアバス社の御用達。
ということは、経費で落とす客が多いから、つまり、自分の財布をはたいて食べに行く客は少ないから、、味付けに進歩がない。この程度の味に星二つやるのですから、後は押して知るべしですな。
それにしても、両陛下、塩っぱいなどとは一言も口にされず、おいしそうなお顔で召し上がられたに違いありません。
さて、テリーヌとパテであるが、ちょっと気のきいたブラセリーやビストロなら、料理の一皿にたっぷりパテを添えて出してくれる。私はこのパテをbaguetteにしこたま塗って食べる。手頃な値段の、つまり一本千円以下のライト・ボディの赤ワインがそばにあれば、それで十分。
食後にうまいデザート、名人の手によるヌガー(日本でいうところのヌガーではない、この世のものとは思えないヌガー・アイスである)でも出されれば即昇天しますな。テリーヌをナイフで切ってbaguetteに乗っけて食するのもよろしい。
ところで、フォワグラの照り焼きのお値段ですが、気になる人のためにここでつまびらかにいたしましょう。日比谷や赤坂のホテルのコーヒーハウスでコーヒーを飲むのとたいして違わない、と言ったらお分かりかな。
若い方々はくれぐれもフランスの田舎のおいしい料理の相場をつり上げる事のないよう、フランス料理は日本とかパリとかでお食べなされ、なんてね。
では、お後がよろしいようで。
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