偶然には二通りあるような気がする。出会い頭の接触事故のような偶然と、予定を変更したことで巡ってくる偶然。わたしは、後者の偶然に縁がある。
1999年10月1日、関空発AF291便で一路パリに向かったわれわれ三人は、シャルル・ドゴールでAF1388便に乗り換え、同日午後9時30分(現地時間)英国・エディンバラに到着した。その夜は郊外のマリオット・ダルマホイというホテルに投宿、翌2日AVISで紺色のプジョー406・ATをレンタルして、パース経由でストーン・ヘイヴンへ。
99年6月にも英国に来て、その時はカーディフ空港のAVISでダーク・グリーンのプジョー406をレンタル。フランス製の車ゆえ乗り心地がしなやかで、シートのつくりに一日の長がある。したがって、毎日長距離移動しても疲れることがない。
ストーン・ヘイヴンで軽い昼食をとり、ダノッター城へと車を走らせた。ダノッター城を一目見て、いくら経路上そういうコースを取るのが至便であるとしても、最初にここを見学したのは大失敗だと思った。北海に毅然と屹立した孤高の廃城。
その後、いったんストーン・ヘイヴンの町に戻り、ミネラル・ウォーターなどを購入し、バーンコリー(BANCHORY)へと向かった。バーンコリーはロイヤル・ディー・サイド沿いのひなびた町としてスコットランドでは名を知られているが、日本では殆ど無名。
町の瀟洒な宿に同胞の宿泊している形跡はない。辺鄙(へんぴ)なところを選んで観光するのである、ツアーグループに遭遇するのだけは御免蒙りたい。ザワザワされると、せっかくの田舎気分満喫に水をさされる、
ロイヤル・ディー・サイドのロイヤルは英国王室、ディーは川の名前。このあたりは王室お気に入りの風光明媚な場所であり、ロイヤル・ファミリーがやって来る。しかし、それはそういう意味(ロイヤル・ディー・サイドが)であって、それ以上の意味はない、普通は誰しもそう思うし、現に私もそう思っていた。
1999年10月2日は土曜だった。バーンコリーにあるCrathes Castleの庭が美しい旨の情報を宿(TOR〜NA〜COILLLE HOTELE)のオールド・コンシェルジュ嬢から得ていたので、翌10月3日朝食後に見学しようと思い、Crathes Castleに電話して詳細をきいた。電話に出た女性は親切な上に気がきいていて、城や庭のあらましを手短に説明し、おまけに宿からの近道と駐車場への流れまで教えてくれた。
3日は日曜なので庭園への入場は午後1時からという。バーンコリーはのんびりするには格好の町ではあるが、観光資源の豊かな町ではない。ほかにこれといって観光する場所はなく、ディー川を何時間も眺めて飽きることはないといっても、そばの女性ふたりに川眺めをつきあわせるわけにもいかない。
彼女たちに事情を説明し、早めに次の目的地ピットロッホリーに入ろうかということになった。ふたりの女性はちょっと残念そうな顔をしたが、時間がもったいないからと納得した。この納得が数時間後の幸運を呼ぶ。
ピットロッホリーへの道中は、ロイヤル・ディー・サイドをえんえんとドライブし、途中Ballater、バルモラル城、ブレーマー、Glen shee峡谷などを通り、約150qの行程である。美しい川と峡谷をたのしめる山岳ドライブ。
ただ残念なことにバルモラル城の見学は毎年4月〜8月上旬と決まっており、それ以外のシーズンは入場できない。女王一行が滞在するからだ。
10月3日は朝からどんより曇り、空は狂人の額のように狭かった。車を走らせてから15分もたつと、しょぼしょぼと細かい雨が落ちてきた。6月に来たときは、英国は雨が多いというのは嘘だろうと思えるほど好天に恵まれた(17日間の滞在で雨の日はわずか一日、それもほんの1〜2時間)。
遠くの空をうらめしそうな目で睨みながらドライブを続け、車がバルモラル城のすぐそばにさしかかった時のことである、道路沿いのインフォメーション(観光案内所)兼ギフトショップの駐車場に立ち寄ったところ、雨合羽を着た数人の警官と婦警がわれわれに近づいてきて、早口でまくしたてた。
「クイーン一行が来ているので、車はこの駐車場に停め、路上には停めないように」。一瞬なんのことか分からなかった。クイーン?
詳細を把握したかった私は、婦警に聞いてもラチがあかないと思い、インフォメーションのやさしそうなおじさんに聞いてみることにした。彼はほほえみ、もうすぐ女王一行が上(指さす方向に小さな教会らしきものが見えた)の教会でミサを行うのですよ、とこたえてくれた。
女王が来るのにこの警備。婦警などを含めて数人しかいなかった。われわれはインフォメーションから目と鼻の先にある教会へと歩を進めた。そこには、これ以上小さな教会はないと思えるほど小さな教会が木立の中にひっそりと佇んでいた。
教会のそばで待つこと半時間、はたして女王は中から出てこられた。エジンバラ公も、エリザベス皇太后も、アン王女まで一緒であった。ロンドンでなら考えも及ばぬことであると思う。この手薄な警備、しかもこんな至近距離(3〜4メートル)で女王とロイヤルファミリーに出会えるとは。
予定の変更を余儀なくされた結果、ふたりの女性の強運あっての偶然ともいえるように思えた。雨がなにさ、なんじゃらほい。
女王陛下御一行が去ったあと、女性ふたりのうちのひとりがヘナヘナと座り込んでしまった。ふざけるのはよしなさい、と言ったのだが、本当に腰を抜かしたのだった。彼女によると、女王は日本人がこんな田舎にいることが意外だったようで、その意外さゆえに、とてもお喜びになり、こころからのほほえみと感謝を伝えてくれたのだそうである。そういう表情(驚きと喜び)をされていたのは間違いないように思う。
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