46   サスキア 2
更新日時:
2001/05/03 
 カルカソンヌの高級ホテルにあるレストラン「バルバカンヌ」でわたしたち三人が夕食を食べていた光景を目撃したカナダ人夫婦の耳目をそばだてる原因はどこにあったのでしょうか。
 
 わたしはといいますと、どちらかというと地味で目立たない。口数も少ないし、声も小さい、身ぶり手ぶりも控え目で、おまけに身体も大きいほうではありません。
となると、弥次さん喜多さんのうちどちらかが目立ったのかいいますと、そうでもありません。喜多さん(わたしのつれあい)はすこぶる付きのおとなしい女性。
 
 弥次さんは喜多さんの姉でして、ふだんは賑やかで、よくしゃべり、どちらかというとおっちょっこちょいのほうかもしれませんが、時と場所はきちんと心得ている人ですので、レストラン内で大仰な身ぶりをしたり、大声でしゃべるなんて事もありません。
 
 とすれば、一体なにがカナダ人夫婦の耳目に留まったのでしょうか?
かれらが日本人贔屓だから?、と考えているうちにある思案に気づきました。
つまり、メシがうまくなかったから、味が悪かったから、味にうるさい(?)はずの日本人がどんな反応を示すのかを観察していたのだと思います。
 
 まわりにアメリカ人ははいて捨てるほどいましたが、味覚に鈍感なアメリカ人の反応を見ても何の役にも立たない。味が悪くたって分からないから、うまそうに食べるにきまってます。カナダ人夫婦は新しい皿が運ばれるたびにわたしたちをじっと見ていたのだと思いますね。
 
 ことばなんて分からなくたって、料理を食べた時の顔を見れば、だいたいの事は分かる。その時のわたしたちの顔で料理についての感想もほぼ把握できるというもので、このまずさはやっぱり本物であると納得したのでしょう。
 
 そして、翌日の夜、「サスキア」でダメ押しにわたしたちに質問してきたのです、こたえはすでに出ているのですがね。
あの時、「まあまあの味でしたよ」などとこたえれば、きっと日本人は嘘つきが多いと思ったでしょうな。
 

  47   サスキア1
更新日時:
2001/04/29 
 カルカソンヌにあるレストランである。レストランというよりビストロといったほうがよいくらいの瀟洒な、敷居の低い、誰にも入りやすいレストランである。
「Saskia」と書くが、カルカソンヌ随一の高級ホテル「HOTEL DE LA CITE」が経営していて、ホテルに向かって左の端あたりにひっそり佇んでいる。うっかりすると気づかないような小さなレストランである。
 
 関西風にずばり物言う。うまい、安い、サービスいい、しかも雰囲気までいい。
99年10月12日夜19時30分、わたしたち3人(わたしと弥次喜多ー喜多さんとはつれあい、弥次さんとはつれあいの姉)はここで夕食をとったのであるが、前夜、「ホテル・ドゥ・ラ・シテ」内の「LA BARBACANE」というミシュランの星付きレストランでお高い夕食を食べていた。
 
 まあ、この星付きレストランのうまくないこと高いこと。良かったのはお皿だけ。
一夜明けて、サスキアの小海老のカクテルや白身魚のムニエルを食していると、しまったなと思いました。値段は三分の一、味は百倍なんだもん。
 
 わたしたちの隣のテーブルに熟年夫婦がいたのですが、一、二度目があった後、どちらからともなく話しかけた。
旦那いわく「昨晩、バルバカンヌでお見かけしました」 「えッ!、それは全然気づきませんでした」 「○△を注文なさっていましたね」 「ギョっ!、よく御覧になっていたんですね」 「だって、日本人はあなた方だけでしたから、目立ったのですよ」。
バルバカンヌは予約で一杯で相当混雑していたが、そう言われれば、たしかに日本人はわたしたちだけでした。
「ところで、どうですか、昨晩の味と較べて?」(旦那の顔を見ていると、きっとこの質問してくるなと分かっていました) 「いやぁ、別物でしょう、全然違いますよ」 「そうですよね、われわれもさっきからそう話していたのです」
 
 そのご夫婦はカナダのモントリオールに住んでいて、時々日本料理店に食べに行くほど日本通でありました。乗ってる車も日本製(日産のインフィニティ)で、日本のみかんも好物であると話していました。
 
 この続きは次回で。サスキアの名前の由来とレンブラントが登場いたします。
 

  48   大参謀
更新日時:
2001/04/25 
 組織の大小にかかわらず、社会的地位(?)の高低にかかわらず、何か事をなす人の側に参謀あり。人はだれしもオール・マイティではない、身体はひとつ、自分がA氏に会っているとき、B氏と会って大事な話はできない。
事に当たって、一生懸命であればあるほど周囲の状況すべてを注視しなければならなくなる。人ひとり30〜40人くらいなら目も行き届くが、それ以上となると、どこかで手を抜く。
勿論、当人は手を抜く気持ちなどさらさらなく、常に数百人に対し目配り、心配りしているつもりなのであるが、人の肉体にはおのずと限界がある。
 
 また、多くの課題をひとりで抱え込んでいると、短期的には乗り越えられても、時間が長引けば長引くほど身体も脳も疲労を訴えて、本来の正常な機能を果たさなくなってくる。
さらに悪いことには、人間、疲労困憊すると、あるいは、人の意見に耳を貸さなくなると、相手の事ではなく、自分の姿が見えなくなる。
 
 何が恐いといって、この「自分の姿が見えなくなる」ことほど恐いことはない。
一般的には、自分の姿の見えない人は多いし、世の中それでも過不足なく動いているのであるが、おおぜいの命運を左右しかねない立場にある人が、もし自分の姿が殆ど見えなくなったら……、これはチト恐いですな。
  
 そこで参謀の出番。世に出る人は必ず優れた参謀が側にいて、本人の代わりに様々なケアを行っている。歴史はそうして動いてきた。時の政権が長続きするのも短命で終わるのも、参謀の出来不出来にかかっているのだ。
 
 ○○株式会社の○○社長には、大番頭の○○専務がいるからこそ経営がうまくいく。△△団体の代表役員の側近の▽▽がサポートしているから人間関係が機能している。☆☆総理には、◎◎長老や♂♂知恵袋がいるから難局を乗り切れる。そんな例は枚挙にいとまがない。
 
 そこで小泉さんであるが、熱血漢・小泉さんの足りない部分(人にはみんなあるのです、これが)を補っていくのが塩川正十郎という人。小泉さんが、今後心血をそそいで自民党の改革、財政構造改革に取り組んでいく過程でなくてはならない大参謀です。
 
 塩川さんなら、キャリアも年齢も人望も、そして押しの強さも備わっているし、相手が江藤のようなこうるさいおっさんであろうと、野中、鈴木、青木などの旧経世会であろうと、堀内派や河野グループ、旧河本派であろうと、老練かつ可及的すみやかに、ある時はなだめ、すかし、またある時は睨みのスパイスを効かして押さえ込んでいくだろう。
 
 小泉さん、よかったネ、大参謀・塩川正十郎が側にいてくれて。
 
 

  49   千両役者になれるか小泉純一郎
更新日時:
2001/04/25 
 このHPの「堪忍袋」に筋肉マン氏もお書きになっていたが、自民党最大派閥・旧経世会の政界支配にいちおうの終焉がようやく、まさにようやく訪れたようである。
 
 わたしもあの橋本龍太郎の物言いや雰囲気が大嫌いで、芝居の下手な女形でも、もうちょっとマシな芝居をやるし、せりふ回しもあんなにキザで勿体ぶったやり方であれば、三階の大向こうから、「大根、引っ込め!」と怒号混じりの掛け声がかかるに違いないとかねがね思っていた。 小泉さんに大差で負けて、開き直った顔がまたイヤラシイ。
 
 ヒステリーを起こした猿みたいな顔の野中広務も橋本派の事務総長をやめるようなので大いに結構。橋本や野中の取り巻き、つまり橋本派内の茶坊主どもの「ヨイショ」が収まるとは到底思えないし、茶坊主は茶坊主なりのお役目があるだろうし、茶汲みがねっから好きな真茶坊主もそこかしこにおるであろうから、まあ、それはそれとしよう。
 
 かつて宮沢喜一や海部俊樹が経世会の元締めやデカイ顔の若頭の顔色を伺いながら、おっかなびっくりしていたような環境にオサラバできると思うと、こころ晴れ晴れ、ようやった、ようやったと、はて、一体だれを誉めたらよいのやら?
 
 わたしは永田町のおっさんみたいに玉虫色の文章を書くのが大嫌いである。
うまい、へたの事を言っているのではない、独りよがりの文章を書いてシタリ顔をしている輩の事を言っているのである。彼または彼女は自負心が強く、高慢・傲慢ゆえに自分の勿体ぶった文章のつまらなさ加減が分からないし、そもそも文章にメリハリというものがない。
眺めも悪けりゃ面白くもない。当たり前の話である。
 
 さて、小泉純一郎さんであるが、今回の総裁選立候補の車上の演説やTVでの発言に沿った人事と組閣ができるのだろうか。そしてまた、この人の魅力となっている「思い切った」財政構造改革は可能であろうか。
小泉さんに課せられた重荷を、過てることなく民意の赴く方向に運び出すことはできるのであろうか。
 
 行く手には江藤や堀内、その他おおぜいのシーラカンス・生きた化石が邪魔をする。青木や野中、江藤や鈴木(宗男)だって行く手をふさぐだろう。
七難八敵が待ちかまえているのである。
小泉さんは、まさに歌舞伎十八番の助六、おおぜいの「髭の意休」と闘ったり、すかしたりせねばならないさだめ。
 
 千両役者とは千両稼いで万両使う役者の事である。間違えば自分自身が素寒貧になりかねないし、費やすこと、投げ出すことが圧倒的に多い。
一世一代の舞台を作るために、自らのもてる知力、体力、胆力、演技力のすべてをそそぎ、100%完全燃焼し客(国民)に尽くす。
 そこまでして芸を磨き、客に対して一心不乱に情熱をそそぐがゆえに、客からの大きな支持を得ることができるのである。
 
 それが「本物の人気」というものなのだ。
 
 男・小泉、千両役者になれるかどうか、久々の快男児であるがゆえに熱いエールを送りたい。
 
 

  50   敗者復活戦
更新日時:
2001/04/24 
 まずはめでたい。なぜめでたいかと言うと、今回の自民党総裁選にまつわる一連の濃厚な出来事は、それまで頭の固かった(とわたしは思っている)地方の自民党員が、実はあんまりな自己中心主義の橋本派主流に対して反旗を翻し、その結果、わたしたちの考えにやや近い地点まで来た事を示唆しているように思えるからである。
 
 やや近いと書いたのはわけがある。7月に行われるであろう参院選がなければ、かなり近いと書けるのだが、やはり参院選の大敗はなんとしても避けねばならぬ最重要懸案事項であろうから。
 
 それはそれとして、小泉さんは過去二度自民党総裁選に立候補して敗れている。言うまでもなく小渕派、つまり旧経世会の数の論理に敗れたのだが、多数派に阻まれたのは小泉さんだけではない。
 
 約半年前、小泉さんの朋友・加藤紘一氏が森政権、いや実際は旧経世会政権に反旗を翻したとき、橋本派の野中一派の裏工作に苦汁をなめさされている。
加藤さんは、最後の最後でやや腰砕けになった感があり、とても残念に思ったが、その後の加藤さんの言動に耳を傾けていると、必ずこの人には捲土重来のチャンスが巡ってくると感じた。
 
 小泉さんが今回立候補を表明した時、加藤さんは最初から強く小泉さん支持に回った。そうか、この闘いは、ひとり小泉さんの闘いであるのではない、加藤さんの、そして、なによりもわたしたち自身の闘いであったのだ。
 
 この何年、旧経世会を初めとする自民党の政治手法にずいぶん悔しい思いをしてきたものだ。
国民をないがしろにするにもほどがある。かれらの多くは、完全に、この「ほど」を大きく逸脱していたのである。
 われわれは、高い税金を支払っている。詳細は言わないが、わたしはこの十年同年代のサラリーマンの2〜3倍の税金を納めてきた。
そのほとんどがドブに捨てられたという悔しさを、わたしは拭えないでいた。
 
 無論、わたし個人の問題以外のところにもっと、もっと大きな問題が存在する。それは別稿に譲るとして、ともかく今回小泉さん、加藤さんの敗者復活は成った。
そして、わたしたちの敗者復活戦もこれから始まるのではあるまいか、そうでなければ、小泉・加藤は浮かばれても、わたしたちは浮かばれないのである。
 
 


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