「サスキア」の壁にレンブラントの複製ミニチュア画が数点飾ってあり、その中にレンブラントの奥さん・サスキアの絵もありました。
その時はサスキアのことなど考えもしませんでしたし、まして、一歩踏み込んで、そのレストランの名前を何故レンブラント夫人・サスキアにしたのかということについても関心がありませんでした。
最近「レンブラントへの贈り物」という映画をみて、レンブラントと結婚後のサスキアの人生が分かりました。彼女は破産した貴族を父に持つ容貌はあまり美しくない女性。レンブラントはサスキアを非常に愛していまして、彼女に一生稼いでも返しきれないほどの高価な邸宅と豪華な調度品を買い与えています。
結局、それがもとでレンブラント自身も破産宣告を受ける羽目に陥るのでありますが、サスキアという女性はレンブラントにとってたまらない魅力にあふれた妻であったのでしょう。
サスキアは生涯四人の子を産みますが、一人目から三人目まですべて夭折します。そして、四人目の子(男の子)を産んだあと、だんだんと身体が弱り、ついには不治の病に冒され、子供の成長を見ることなく死んでしまう。
不幸というしかない女性だと思いますが、レンブラントの悲痛さも並ではなかった。
サスキアの死後、絵が少しずつ暗くなり、本人のわがままもいちだんと激しさを増し、自分の気に入った絵しか描かないようになります。
当然、収入も激減する。そんな時、四人目の子の乳母であった年増女と成り行きで交接する。そして愛人関係に入る。
その後、新しい召使いともダブル愛人関係にはまって、にっちもさっちも行かなくなってしまう。乳母は気がふれて精神病院に入り、そこで最期を迎える。若き召使いはレンブラントとの間に女の子を産み落とし、レンブラントに献身的に尽くすのですが、やっぱり病魔に冒され死んでしまう。
サスキアの遺児であった男の子は父について画家の道を志すのですが、27歳の時、ペストにかかって死んでしまう。
若い召使いとの間に生を受けた女児だけが生き残るのです。
ここで、じゃあ、なぜ、その女の子の名前をレストランに命名しなかったの、などと言ってはなりませぬ。
サスキアは他の女同様、まっすぐ、一心にレンブラントを愛したのだと思います。不幸な人生であったかもしれません。しかしながら、レンブラントを大いに支え、元気づけ、創作意欲をかきたて、後生に冠たる名をのこしたのです。
レンブラントの最晩年はとてもつらいものでした。家も家具も絵も、ダヴィンチなどのコレクションも競売にかけられ、不幸のどん底で死を迎えます。
でも、レンブラントの描いた絵も、彼の名も不滅でした。歴史がその事を証明しています。今後もレンブラントの名声にいささかの翳りもないでしょう。
レストランに「サスキア」と命名したのは、よしんば不幸に巡り会っても、決して落胆することなく、地道に努力し、時の来るのを待てば、必ず良い事もある、そう信じていこうという決意のあらわれではないでしょうか……。
いつの日か、サスキアに会いに行きたいですね、もう一度。
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