浅野家未亡人・あぐりに送付された決算報告書を見ると、旅費(282両)の比率が約4割で、総額697両に占める割合の高いことがお分かりかと思う。赤穂から江戸までに要する旅費があれば、今なら47人全員が、一人50万円の予算でヨーロッパ20日間の旅が可能であった、などと愚にもつかないことを考えてしまう。282両は現在の貨幣価値で25380000円である。
ヨーロッパ旅行の費用は23500000円であるから、余った1880000円はアフガン難民に寄付させてもらえばよい。
47人がみな初めての海外旅行ではあるけれど、なに心配はいりません、コンダクター兼通訳兼ランドオペレーター兼カメラマンは、不肖この私が勤めさせていただきましょう。「洋食は口に合わない」ですと、それはごもっとも、お口に合いそうな、あっさりしたモノを食べさせるレストランを必ず見つけます。それに、夕食は安くてうまい中華を出す店が、たいていの町にありますので大丈夫。少し高くて、あまりおいしくはありませんが、都市部には日本料理店もあります。
「そんな事になれば、脱落者も出かねない」とおおせでしょうか。骨太のお武家のおっしゃりようとも思えませんな、この程度の快楽は快楽にあらず、よしんばそれが快楽であったとしても、気骨あるみなさんは、「この快感は罪である」とかお言いになって、快楽に身を任せるなどというような事はありますまい。初志は必ずや貫徹されるに決まっています。「なぜそんなにはっきり言えるのか?」 …… それは歴史が証明しております。
内蔵助さんひとりが祇園のお茶屋で遊ぶより、みなさん全員が呆けて旅に出たほうが、吉良さんも、吉良さんの実子である上杉家の当主も、ご安堵めさるる事でありましょう。大きな声では申せませんが、ご油断めさるること疑いなしでござります。
ヨーロッパの王家には、物好き(失礼!)な貴族、王族がたんとおられますので、事情をお話になれば、金銀・宝石の類は寄進なさるでありましょう。当地にあっては、意気に感じたものへの寄付行為は施しにあらず、神の思し召しなのであります。誇り高き行いなのです。
多くの方たちの尊い命が犠牲になるのです、残されたご家族のためにも、かれらの喜捨を恥とはお思いにならず、ご笑納下されば、付き添いの私にとりましても、うしろめたい気持ちが雲散霧消するというものでござります。
幕府がつくった諸法度や、儒学の教えによる倫理観でがんじがらめになっているのです。それくらいの息抜きは、故・浅野さんも、奥さんのあぐりさんもお許しになりましょう。18世紀初頭は、英国をはじめ欧州各国で、大きな変化の兆しが現れはじめておりました。
そんな激動の歴史の中に、しばし身を置くのも面白いかもしれません。家族への話の種になるばかりか、欧州旅行記を上梓することも可能かと存じます。現地で討ち入りの構想を練ることだって、出来ない相談ではないでしょう。
添乗の私は、日々のみなさんの行状やお話をつぶさに記録いたしまして、後世に伝える所存です。多少の演出はお許しいただきたく思っておりまするが‥。
私はかねがね赤穂の方々の志と勇気に対して多大の敬意を払い、賞賛の念を保持しております。従って、我が国で万人に知られている「忠臣蔵」=「仮名手本忠臣蔵」を、単に日本のNATIONALなものとしてではなく、もっとWorld Wideな、INTERNATIONALなものとして、ヨーロッパ全土に知らしめたいと切望しております。
上記の件、みなみなさまのご賛同をいただければ、これに勝る幸せはござりません。何卒、なにとぞ、お聞き届け下さいますよう、伏してお願い申し上げる次第でござります。
(未完)
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