55      神話の崩壊
 米国民の趨勢は、概ねテロリストたちへの報復に賛同しているとの世論調査がある。「報復」とは何か。テロリストの首謀者を特定し鉄槌を下すことか。テロリストを支援した某国を空爆することか。かつてクリントンが模索した中東諸国やパレスチナとの協調路線への扉は、ますます遠ざかっていくのであろうか。
 
 イスラームでいうところの聖戦(ジハード)は、そもそも「奮闘努力」というのが本来の意味であって、アッラーの道、信仰の道に向かっての努力のことをいう。さらにいうと、聖戦とは、平和な世界を守るために努力することであり、その努力を戦いにたとえているのである。
 
 イスラーム教は、世界をふたつに分けた、「平和な世界」と「戦争の世界」とに。「平和な世界」とはまさに自分たちの「イスラーム教世界」をさし、外界からの圧力(軍事的)が加わったときに、抵抗し戦うための最大限の努力をしなさいというのが正しい解釈である。
 
 だいたい、 ジハードを聖戦などと訳した学者は、イスラームのことを正確に理解していなかったように思う。訳語だけが一人歩きしている感があり、訳した学者も、訳語を流布した連中も、責任大なるものがある。
 
 そして、事はそれのみにとどまらない。ジハードを拡大解釈し、さらに、自分たちに都合のよいようにネジ曲げて、聖戦すなわち戦争と教化し、中東諸国の人々を啓発したホメイニをはじめとするイスラーム復興主義者、いわゆる原理主義者の責任は、万死に値する。無論、啓発とは皮肉であって、私はちゃんちゃら可笑しいと思っている。かれらが勝手に啓発であると思っているだけのことだ。
 
 こんなのが啓発とか啓蒙なら、私の書いたものはキリストの再来、神の啓示と言ってもよかろう。
 
 さて、一部の原理主義者がなにゆえアメリカを標的にしたのか。それは、彼我の差ゆえという考え方がある。アメリカは世界第一の経済大国、しかも、圧倒的軍事力を背景に、世界の警察、正義の味方を芬々(ふんぷん)とさせ、自らの価値観を信じて疑わず、20世紀をまっしぐらに突っ走って来た。
 
 一方、クウェートと民主主義をサダム・フセインから守るためと称して、バグダッドをはじめとするイラクの町を空爆した(湾岸戦争)結果、多くの市民が犠牲となった。民主主義を守るためか、アメリカ自身の国益を守るためか、当時英国のガーディアン紙やフランスのル・モンド紙は警鐘を鳴らしたものであった。
 
 まだ長々書かねばならぬこともあるが、結論を急ぐ。
アメリカを標的にした理由は、アメリカが世界最大かつ最強の現代の偶像であるからだ。偶像は破壊されねばならない。アフガニスタン・バーミヤーンの二体の石仏が破壊されたのも、それらが偶像であったからである。偶像破壊を忠実に実行することこそアッラーの御心に叶うということである。
 
 偶像は破壊され、同時に超大国・アメリカの安全神話は崩壊した。神話は、神話であるかぎりにおいて崩壊する運命にある。いわく土地神話、いわく終身雇用神話などなど。神話はいつの日にか崩壊する。しかし、いつかまた新たな神話が誕生し、そして、悠久の時が刻まれるのである。 
 
   (2001年9月13日午後8時29分脱稿)
 
更新日時:
2001/09/13
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