49      食風景
 
「どんなものを食べているのか言ってみたまえ。君がどんな人間であるか言い当ててみよう」という事を言った男がいる。ブリア・サヴァランという美食家が言ったらしいが、安物の週刊誌か、安直な若者が飛びつきそうなフレーズである。
 
ヨーロッパをくまなく旅した御仁ならすでにお分かりのように、旧東欧と西ヨーロッパや南ヨーロッパでは食べるものが異なっており、日常使用する食材、スパイス、ソースの材料から味付けに至るまで、類似点より相違点のほうが多い。さらに、西や南ヨーロッパでも、食材の選択から調理法まで、町や村の数だけ種類がある。
 
ちょうどそれは、ハウスワインや自家製ビールが無数にあるのと同様なのだ。ヨーロッパは国単位で存在するのではない。多くの人々は、ここを見誤る。イタリア料理やフランス料理などというと、ある種の固定観念にとらわれる人もいようが、より正確にいえば、トスカーナのシエナ料理、フィレンツェのコジモ風料理、南仏のニース風海鮮ごった煮、南西フランス・コルド風フォワグラの照り焼きなど、町単位の調理法が五万と存在するのである。
 
サヴァラン君、君はどれだけ料理を食ったことがあるのか、「さんまの塩焼き」食べたことがあったろうか、「きうりのキムチ漬け」や「カラスミ」を食べたことはあったであろうか、生まれたての猿の脳みそを食べたことはあったかもしれぬが。
 
食風景が人間観察である時代は前世紀後半に終焉した。レシピは、代表的(この定義が難しいが)フランス料理やイタリア料理に関しては、すでに15世紀末にはほぼ英国で完成の域に達していたのである。当時の料理教本を幾つか紐解けば、いまのレシピとあまり変わっていないことにお気づきであろう。
 
では、なにが変わったか‥ というと、当時(15世紀)のフランスや英国ではフォークを使わず手で食べていたのであり、イタリアだけがフォークを使用していた。フォークを使うようになったのは、イタリアの名家、たとえばメディチ家などからフランス王家とか公爵家に嫁いだ女性の存在があったからなのだ。
 
英国にしてもほぼ同様であるが、英国の場合は花嫁がフォークをもたらしたのではなく、貴族の奥方の浮気相手、色男がフォークをもたらしたようである。ナイフではなく、フォークを。
 
このつづきはまた後日。
更新日時:
2001/10/15
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