32      悲憤
 
 北朝鮮に拉致された有本恵子さん、横田めぐみさんのご両親の無念を察すると断腸の思いである。有本恵子さんは今年42歳ではないか。横田めぐみさんは38歳ではないか。死亡が確認されたとは何事か。有本さんと横田さん以外にも6人の方が亡くなられているという。
 
 有本さんのご両親は19年間、横田さんのご両親は25年間、娘さんの無事と対面を祈りつづけてこられたのだ。それを今になって死亡が確認されたとは。死亡が確認されたのではなく、死を余儀なくされたのは誰の目にも明らかな事である。
 
 北朝鮮の意向と指令に従順だった人たちは生かされ、そうでなかった人たちは抹殺されたのか、そういう疑念が生じるのは当然である。北朝鮮が補償問題を有利に運ぶための人質という見方をされていたご家族もおられたが、誤解を恐れずにいうと、いのちの尊さという一点で、人質として生きてこられたほうがよかったと思う。亡くなられた方たちがどのようにして亡くなられたのか、ご家族はさぞお知りになりたかろう。
 
 国家の最大の義務、使命は国民の生命と財産を守ることにある。それは個人に課せられた最大の義務と使命でもある。あらゆる個人にとって、家族の生命と財産を守るのは究極の使命である。北朝鮮は家族にとってもっとも大切なものを奪ったのである。家族はいのちそのものであり、財産である。
 
 その何ものにも代えがたい命を奪われたのだから、どういう亡くなられかたをなさったのか、北朝鮮から明確な説明を得る義務が日本政府にある。説明責任とはそうしたものであろう。
 
 子や兄弟を亡くされたご家族の嘆きと怒りは今後、いのちを奪った北朝鮮政府にではなく日本政府(特に外務省)に向けられると思われる。外務省エリートはいつの場合も国民に冷たく、国家の一機関としての使命を果たしていない。果たしていないどころか、努力する姿勢さえ示していない。
 
 外務省の仕事とは一体何なのか、事務方が大臣の代わりにお勉強すること、皇室や政府関係者が外遊するさいの各種予約(視察場所、宿泊、レストランなど)だけが仕事ではあるまい。一番大事な仕事をなおざりにして、何が外務省か。仕事をしているなら、われわれに分かるように生の声で説明すべきである。拉致された人々の生存があまりに少なかったからといって、あわせる顔がないと嘆息している場合ではなかろう。
 
 国家間の利害が相反する時に対立と紛争が起きるのは、個人間のそれと同じである。個人対個人の場合と同様、 国家間のゆがんだ関係は是正されたほうがいいに決まっている。しかし、拉致問題をうやむやにしたままで国民の意識を集約するのはむずかしいように思われる。おそらく国民の意識は有本さん、横田さんのご家族の意識と大きく異ならないだろう。意識は心情と同義語とみなされるべきである。
 
 いまはただ今後の進展を見守りたい。尊いいのちが失われたことに合掌。
 
  (2002年9月17日午後7時58分脱稿)
更新日時:
2002/09/17
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