旅の成否はホテルの良し悪しで決まることがあります
ホテルの良し悪しは、部屋とスタッフの良し悪しで決まることが多いようです
特にスタッフの質は宿泊客の快、不快に大きな影響を及ぼします
 
DOLDER GRAND HOTEL  チューリッヒ
DOLDER GRAND HOTEL  チューリッヒ
 
ドルダー・グランドは、スイス・チューリッヒの町を見下ろす抜群のロケーションに位置しているランドマーク的ホテル。このブルーの画像には、ロマネスク様式の尖塔が二つしかないが、実際は三つある。敷地は6万坪ほどで、89年7月中旬連泊したときは随分広いなと思ったが、その後20万坪とか30万坪、98万坪のホテルやB&B(英国にある)に宿泊したら、なに6万坪、たいしたことはないと思うようになった。
 
私たちの部屋は1899年オープンのロマネスク様式の本館。アネックス(別館)もあり、1964年に建てられた。ホテルのスタッフは実に感じがよく、チューリッヒ随一の高級ホテルに勤務しているという居丈高さは皆無。だからといって、変な「てらい」もなく、自然体でフレンドリー、ホテルの従業員の見本。すべからくホテルはかくありたいものです。
DOLDER GRAND HOTEL 2
DOLDER GRAND HOTEL 2
 
ホテルの「ラ・ロトンド」というフランス料理レストランで、チェック・インした日におそめの昼食をとった。空腹の極みゆえ、早くできるものはセット・メニューしかなかったのでそれにした。
 
これが何と大正解。邦貨2000円ほどで、ミシュランの星2〜3個の味。どうかすると、星の数など全くあてにならないミシュランより数倍マシ。ミシュランの星の数は店の調度品、皿の見事さ、フォーク・ナイフの立派さに比例しても、味に比例するとは限らない。
 
味も感じも良かったので、翌日の夕食を午後8時に予約した。当日はア・ラ・カルト。食事が進んでいくにつれ酔いが回り、デザートの頃はヘベレケ、ふとあたりを見回すと客はわれわれだけ。酔うとサービス精神が旺盛になる私は、ヒマそうな顔の給仕長と給仕係を呼んで、以前素人劇でやったことのある「騎士物語」の中から、アラミス(カサノヴァの亜流で、色男カサノヴァから色を抜いた役)をやってみせた。
 
これが大受けで、よしゃいいのに給仕長、厨房で油を売っていた連中まで呼ぶ始末。カサノヴァ談義まではじまって、もうワヤ。
翌朝、酔いがさめたらこっ恥ずかしくなって、朝食はルームサービスにしました。
 
HOTEL PALACE  プラハ
HOTEL PALACE  プラハ
 
プラハのホテル・パラスは、市内観光のロケーション抜群。旧市街広場、ヴァーツラフ広場、カレル橋、国立歌劇場へはいずれも徒歩15分以内。中央郵便局にいたってはわずか3分、なのに昼夜を問わずきわめて静寂、都会派の理想ともいえるホテル。ミュンヘンからチェコ航空に乗り継いで午後9時半ごろプラハに到着。
 
空港ではあらかじめ予約しておいたリムジンが待機。プラハはまだ雲助タクシーが多く、特に夜はおっかない。リムジンのドライバーはレーニンのそっくりさん、いいようのない存在感がありました。
 
HOTEL PALACE 2
HOTEL PALACE 2
 
ホテルにチェック・インしたのは午後10時頃。最初の部屋は6階の道路側。窓の下にはホテルへの物資をデリバーする搬送車が入れ替わり出入り。
明け方の出入りで安眠妨害は避けがたいと考えルーム・チェンジ。新しい部屋は中庭に面した素敵な720号室。
 
ルームチェンジは個人客の当然の権利で、黙っていると相手も分からない。「I am very nervous. Could you please change our room?」と言えば、必ずチェンジしてもらえます。
 
このときレセプションにいた女性スタッフは頭の切れそうなタイプで、感じよくテキパキと対処してくれて、このホテルに4泊するのは正解だと思いました。
HOTEL RITZ LISBOA  リスボン
HOTEL RITZ LISBOA  リスボン
 
リスボンにあるインターコンチネンタル・グループのホテル。エドゥアルド7世公園を眼下に見下ろし、リスボンの目抜き通り・リベルターデ大通りもすぐそば。客室は申し分ない広さ。
 
96年10月中旬にこのホテルに三泊。
ホテルのレセプション・スタッフはたいしたことありません、しかし、コンシェルジュは有能です。当時数人のコンシェルジュの中に映画「アマデウス」のサリエリに似たスタッフがいて、この男がコンシェルジュ中もっとも優秀、安心して夜のファド・レストランの予約、そして、シントラやマフラ修道院、ロカ岬への日帰り観光の手配を依頼しました。
 
彼がチャーターしたメルセデスのドライバーは、長崎に来たことのある親日家。年は取っていましたが、その分物知りで、プロ精神のかたまり。見事なアテンドでした。
 
 ◆シントラ、マフラ修道院に関しては「リスボン追想U」(下のバナー)をご参照下さい◆
HOTEL RITZ LISBOA 2
HOTEL RITZ LISBOA 2
 
ファドはポルトガル独特の歌で、フラメンコに似ているようで違う。どこがというと、フラメンコより恨み節の要素が多いと思える点。不実な男を思いだして悲嘆にくれる女、ほかの男に走った女への断ち切れぬ思いを朗々と歌い上げる男、人生の尻尾に翻弄され行き場を失った船乗り、しかし、途中で放棄できない人生。
 
いやはや身につまされました。ファドの大詰近く、ファドが掛け合いになったとき、入り口のドアにもたれかかっていた年老いたドアマンが、突然かん高い美声で歌い始めました。
いいようもなく哀愁をおびたツヤのある喉に感動。このファドが一番よかった。
 
VIER JAHRESZEITEN  ミュンヘン
VIER JAHRESZEITEN  ミュンヘン
 
フィヤー・ヤーレツァイテンと読みます。ハンブルグにも同名のホテルがあります。フィヤーはfour、ヤーレツァイテンはseason、要するに四季というホテル。私はカード式keyは好きではない。ホテル側にしてみたら、キーの授受の手間が省けるし、偽造も防止できる、コストもかからないという事でありましょうが、高い宿泊料を搾取しておるのだから、それくらいは値段の内でしょう。実際あるホテルでそう言ってやったことがあります。
 
応対したのは若いスタッフでしたが、頭のいいやつで、自分もそう思いますと客に合わせていました。
VIER JAHRESZEITEN 2
VIER JAHRESZEITEN 2
 
このホテルのコンシェルジュ。彼のマナーはよかったのですが、レセプションのマナーは最悪。きのう、きょう入り立ての超若い茶髪女(だいたい茶髪ですけど)の高慢な態度は許しがたいものがあり、一体このホテル、どんな教育しているのかと憤慨しましたが、なに、教育なんぞしてはおらんのです。
 
従業員なのに客用のエレベーターに5人もドヤドヤと乗り込み、デカイ面。若い女は常識に欠けるのが多いが、あれは特別ひどかった。日本よりひどい。
 
ミュンヘンの目抜き通り・マキシミリアン通りにあって州立歌劇場のすぐそばにあってショッピングにも至便な場所にあるのですが、そんなことはホテルの良し悪しとは関係ありません。
Goldener Hirsch  ザルツブルク
Goldener Hirsch  ザルツブルク
 
オーストリア・ザルツブルクのゲトライデ通りに14世紀から存在する狩猟の館「ゴルデナー・ヒルシュ」(金の鹿の意)。館内は中世の雰囲気に満ちあふれ、天井の梁は昔のまま、太く曲がっている。
 
部屋に入ってすぐに、ここで3泊するのは正解と思うような快適な広さの室内と寝台。
モーツアルトの生家はザルツブルクの名所だが、彼のオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」(女はみんなこんなもの)のなかに「甘い水をたたえた谷の奥に開けた口」というせりふがあります。
 
オペラの脚本はおもにダ・ポンテが書いたようで、ダ・ポンテの友人はカサノヴァ。シャンソンにも卑猥な歌詞が見受けられますが、18世紀のオペラも負けてはいません。
女という生き物は自分自身が最大の関心事ゆえ、自分が与える歓びより自分が得る歓びを重視する。そうじゃありませんか?
 
Goldener Hirsch 2
Goldener Hirsch 2
 
天然杢を使ったレセプション。床、扉、カウンターなど古色蒼然とした佇まい。カウンターのなかの男性はコンシェルジュも兼任していますが、彼はウィーンの「HOTE IMPERIAL」と違って、チップの額やルームチャージの高低で客を差別しません。
 
当たり前の話がまかり通るホテルこそが一流ホテル、一流とはそういうことなのです。
このホテルでの滞在は満足のいくものであり、再訪したいホテルのひとつです。
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