1   2002年9月松竹座「三国一夜物語」
更新日時:
2002/09/13 
 
 松竹によると昨年5月の「怪談敷島譚」以来の花形歌舞伎第二弾ということであろうが、評者側にいわせると、昨年秋まで京都南座で打たれた花形歌舞伎のメンバー(橋之助、翫雀など)に染五郎だけがのこり、新たに愛之助、亀治郎の若手が加わった狂言が「三国一夜物語」といえよう。
 
 「怪談敷島譚」は染五郎だけが若手の花形であり、梅玉が芝居を引き締めた。9月松竹座は秀太郎が舞台に広がりをつけ、さらに芝居を締めてはいるが、愛之助、亀治郎では初々しさは出ても、芝居を大きくしたり締めたりするには至らない。
 
 といってしまと、なんだ面白くないと不興を買いそうだが、それはそれ、若手ならではの切れのよさ、早替わり(染五郎と亀治郎の二人同時)といったおもしろさはある。
 
 筋書は足利義満(門之助)の室町時代、仇敵同士の雅楽師・富士太郎(染五郎)と浅間左衛門(愛之助)の確執と勢力争いに、太郎の妻桜子(亀治郎)、左衛門の母卯原(秀太郎)がからむ新作歌舞伎である。そこに竜宮伝説が挿入され(富士太郎は浦島太郎を連想させる)、今風にたのしめる仇討ち物語に仕上がっている。
 
 まずは愛之助。身のこなし、せりふ回し、そして口跡までが格段にうまくなり、あえていうと仁左衛門に似てきた。仁左衛門と異なるのは風格、花、肚(はら)の有無である。無論、似てきたのであって、せりふ回しや身のこなしが仁左衛門に並んだわけのものではない。まだまだ立ち居振るまいに工夫がいるし、静と動のバランスがよくない。したがってメリハリがきいておらず軽くみえてしまう。
 
 とはいえ、仁左衛門と比較して論じるに値するだけのものが備わってきつつあるのは喜ばしい。片岡仁左衛門の大名跡を継承するのは、愛之助をおいていない。さらなる精進を願ってやまない。
 
 一幕目の遊女浪路(高麗蔵)、左衛門(愛之助)との花道での決め(見せ場)は、高麗蔵の役不足のせいか、決まるところで決まらず、緊張感に欠ける。また、太郎(染五郎)と桜子(亀治郎)のわび住まいも、何ともバツの悪い間が随所にありツヤ消し。若手、花形(だから)といってしまえばそれまでなのだが、なんとかならないかと思うことしきりであった。
 
 二幕目の見せ場は、後半舞台が回って太郎、桜子の竜宮城での早替わり。一ヶ所だけもたもたした箇所があったが概ね上出来。ここは見物に大受けする場面である。
 
 三幕目、上村吉弥の遊女浪江がおかしみと悋気を両立させて上々吉。こういううまさは鴈治郎、秀太郎の手の内であるのだが、吉弥が少しずつそういう領域に近づいている。秀太郎の卯原は、いやらしい姑を絵に描いたように演じて面白い。若手中心の舞台も秀太郎が要所をしめて見れる芝居となった。太郎の父・右門の幸右衛門、左衛門の味方・平馬の錦吾が手堅く演じている。
 
 染五郎は花のある役者である。しかし実はまだない。実がなると楽に父を越えると思う。うまいところのある人だし、21世紀を支えていく歌舞伎役者のひとりなので、芸の奥行きを深め、役の幅を広げるために益々の研鑽を期待したい。
 


次頁 目次 前頁